政治資金をとりまく制度
政治資金にまつわる議論
問題点を掘り下げてみよう

政治資金に内在するさまざま議論を知っていると、政治資金に対する理解の助けになります。
そしてまた、このような議論はニュースなどで取り上げられることも多いので、政治資金の問題を身近に感じるきっかけにもなります。
このページではそのような、政治資金を取り巻く様々な議論について論点別に解説しています。

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なんで政治資金にはルールがあるの?
なんで政治資金にはルールがあるの?

みなさんはニュースなどで、「◯◯が政治資金規正法違反で逮捕されました」といったようなニュースを聞いたことがあるでしょうか。政治資金規正法は、政治資金の様々なルールについて定められた法律です。
 ところで、なぜ政治資金にはルールが存在しているのでしょうか。
 理由の一つには、いわゆる「政治とカネ」の問題が挙げられます。
 長らく政治の世界においては、人々が個人の利益のために、政治家に金銭を支払って、政治家の判断を左右させることが多くありました。しかしこのような行為によって、政治家の判断が左右されてしまっていては、特定の集団の利益のみを図る政治が横行してしまい、政治活動の清廉性を失うことになってしまいます。
 また、このような事態は、本来国民全体の利益が考慮されるべき政治の在り方といて大いに問題があるものでした。
そのため、このように政治家の判断を大きく左右させることのある「金銭」については、その内容について常に市民の監視が可能なよう、厳しく法律で規正する必要があったのです。

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議員の収入は政治資金?
議員の収入は政治資金?

政治活動に用いるお金である、「政治資金」という概念に似たものととして、議員個人がその職務に際して受け取る「歳費、旅費及び手当」という概念があります。
例えば国会議員であれば、一般にいう給与として、約2000万円の歳費が支給され、また国会議員としての業務に必要な経費として月額100万円の「文書通信交通滞在費」が支給されています。また、国会議員が国会と地元を往復する際の経費の補助として、交通機関を無料で利用することのできる「特殊乗車券」なども支給されています。
これらの歳費等については、国会議員の職務の報酬や国会議員の活動経費として、国会議員本人に直接支給されている性質のものであるので、原則として「政治資金」としてルールが定められていません。
 しかし、特に「文書通信交通滞在費」については、監視の目が無いことを良いことに、海外へ投資するなど本来の目的外に使用されていた事例も多くあり、政治資金規正法の監督下できちんと監視するべきでは無いかという議論もおこなわれています。
 なお、実際には政治資金の集金力が乏しい議員を中心に、このような歳費を自分自身の政治団体や資金管理団体に寄附し政治資金を確保している事例も多くあるようです。このような場合には政治資金収支報告書に、寄附として表れてくるため、寄付された金額については政治資金としてのルールが適用されるようになっています。

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民主主義のコストはだれが負担すべき?
民主主義のコストはだれが負担すべき?

民主主義には様々なコストがかかります。ではこのコストは誰が負担すべきなのでしょうか。「誰が」という視点で切り分けてみると、我が国では、今のところ民主主義のコストは大きく三種類の負担者によって賄われています。すなわち①公費(国民の税金)②個人③企業・団体の三者です。
これらのうち、「本当は誰が民主主義のコストを負担をするべきなのか?」という点については様々な意見が分かれています。「ISSUE 企業・団体献金はなぜ批判されるのか」でも取り扱ったように、③の企業・団体が民主主義のコストを負担すべきかという点については議論が衝突しています。
①の公費による負担は、確かに個人や企業・団体が献金するよりも、資金の中立性が保たれる点では優れています。しかし、現状の供給額では民主主義のコストを賄うのに十分な額ではなく、財政状況を鑑みても増額はむずかしいとの反論があります。②の個人による負担についても、我が国ではまだ個人で政治献金を行う文化が浸透しているとは言いがたく、民主主義に必要なコストを十分に吸収できないのではないか、という点が批判として指摘されています。果たしてこの民主主義のコスト、どのような枠組みで負担することがもっとも適切なのでしょうか。みなさんも考えてみてください。

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公設秘書の問題点
公設秘書の問題点

国会議員の活動には政策の立案や立法、それらに必要な調査研究や選挙区などでの意見聴取・広報活動など多岐にわたる内容が含まれています。そのため、これら活動を補佐し時に議員のブレーンとして活躍することを目的として、国会議員には公費負担で秘書を3名まで雇用することが認められています。この制度を用いて雇用されている秘書を一般的に公設秘書と呼ぶのですが、この公設秘書制度、実は様々な面から批判されることがあります。なぜでしょうか。
 一つ目の理由は、雇用される人数の少なさです。現実には多くの国会議員が公設秘書のみでは、政策立案や地元対応の人数が足らず、私設秘書を自前で雇用しています。もちろん、自分が使うのだから自費で雇うべきとの意見もあると思いますが、秘書は議員の政策立案を助け、国政へ携わる一種の専門職であり公務員ですから、秘書の仕事は本来公費で負担すべき公共性の高い仕事です。このような考え方の浸透しているアメリカなどでは、下院議員については公費で常勤の秘書18名と非常勤の秘書4名の計22名まで雇用することが出来ますし、上院議員については雇用する秘書の人数に制限を設けていません。
 一方、公設秘書に対しては、彼らが公費で雇用されるに足る公共性の高い仕事をしていないのではないか、という意見も多く聞かれます。そもそも公費秘書は前述のように国会議員の頭脳の役割を補佐することを目的としていました。しかし、実際には公費負担であるために(私設秘書に比べて)高額の人件費を支払うことができることを利用し、選挙区に強い人脈を持っている人や集金が得意な人を公設秘書として採用し広報・選挙活動にばかり従事させるといった事例が散見されているようです。つまり、このような公共性の低い謂わば “議員個人の私的な活動”の担い手を公費で雇用することに、果たして正当性があるのかというのが、公設秘書制度のもう一つの批判となっているのです。この点についても、例えばアメリカでは公設秘書の職務は議員の公務についての補佐に限定されています。
 以上のような様々な公設秘書制度に対する批判は”秘書”とは何をする人なのという点について統一の考え方がないことに起因するものなのでしょう。みなさんは、この公設秘書制度どのように考えますか。それぞれの議員の収支報告書なども参考にしながら是非考えてみてください。

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出口のルールは緩いのか?
出口のルールは緩いのか?

通常、だれかの「お財布」を監視しようと考えた場合、入口である「収入」と、出口である「支出」が監視される必要があります。
そして、政治資金規正法が、「収入」に着目してルールを定めた理由は、政治資金については特に「誰からもらったのか」ということが重要な事実であるからです。(※詳しくは ISSUE なんで政治資金は規正されるの? を参照)
では「支出」に対するルールは不要なのでしょうか。現在の政治資金規正法は、「支出」の内容に着目したルールはなく、ただ毎年度末に報告することと、一定額以上の「支出」については必ず領収書の添付が求められているにすぎません。
このようなルールの在り方は、具体的に企業・団体献金を禁止したり、寄附額の上限を定めた”入口”のルールに比べ一見すると緩いようにも感じられます。
しかし、「どんな支出が適切か」は政治活動が社会の様々な問題への解決策をさぐる作業であることから、一概に定義することはできません。むしろ、「支出の適切さ」はその議員や首長が「どのような仕事をしたのか」という、公職者本人への評価に関する事柄に近い性質をもっています。
そのため、政治資金規正法はあくまで後々の監視のために、支出の報告を義務付けるにとどまり、その使いみちの適切さは、有権者個々人の判断に任せる姿勢を貫いているのだと考えられます。
言い換えれば、現在の制度の下では”出口のルール”の強度は、有権者一人一人が、どれだけ真剣に使い道を監視し検討できるかに委ねられているのです。

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適切な政治資金の使い方
適切な政治資金の使い方

政治資金の使い道については、適切な金額や使途を法的なルールとして定めるべきだという意見が少なからずあります。しかし、現在の政治資金規正法はそのようなルールにはなっていません。なぜでしょうか。
理由の一つには、適切な政治資金の使い道というものは「その政治家の政治活動の内容によって個々に異なるので一律には決められない」ということが挙げられます。例えば、自動車一つをとっても、活動地域が広く自らの政策を広報するために必要だという政治家もいれば、活動地域狭く自動車は使わないという政治家もいるでしょう。あるいは広報誌の印刷枚数についても、年間10通の広報誌を発行している政治家と、1通しか発行していない政治家では必然的に印刷費用に差が出てきます。このように、政治家それぞれで活動が異なっている以上、どの程度の資金を使用することが適切なのかは一律には判断できません。
 一方そうであっても、費目程度は特定して使途の制限できるのではないかという意見もあります。確かに、政治資金とは政治活動に用いる資金のことを言うのですから、資金を用いた活動が政治活動でないのならば、政治資金として集めたお金を使用してはいけません。しかし、その判断の前提である “政治活動”という言葉の定義からして結局はその政治家・政治団体の活動から判断することになってしまうので、具体的に使途が明示されていても、その使途が“政治活動”にあたるのか一律に判断することはやはり難しいのでしょう。
 一方、使途の「適切さ」について法的に判断基準を示す必要は無いのではないかといった意見も存在しています。どういうことなのでしょうか。
 その理由として、政治資金の中には寄付金や事業収入など政治家個人の努力で集めた資金が多く含まれていることが挙げられています。そもそも私達自身のことを振り返ってみても、私達が自分で稼いだお金であれば、その使途を誰かにとやかく言われる筋合いはありません。つまり、政治資金についても自らの才覚で資金を集めたのであれば、寄付者から文句を言われることはあっても、国や他人にとやかく言われる筋合いは無いということなのでしょう。
 これに対しては、国政政党や国会議員などには、政党交付金などの公費が政治資金として注入されていますから、上記のような理由はあたらないと反論することもできますが、では「適切さ」の基準をどうするのかという部分にはなんら解決策はありません。
結局、法的に一律に決められない以上、国民一人一人が政治資金の使い道をしっかり監視して、有権者の目から見て不適切と思う支出ばかりしている政治家については、選挙の場で”政治的に”責任を問うということが”適切さ”の唯一の基準なのです。

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迂回献金に使われる政党支部!?
迂回献金に使われる政党支部!?

政治家個人に対しては企業や団体から、直に献金することは禁止されています。しかし、現実には「企業・団体など」からの献金は今でも存在していて、その存否についての議論がされている状況です。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
「政党支部」は、「政党の支部」という項目でも触れたように、一般に国会議員の選挙区や市区町村単位で置くという運用が一般的です。そして、その代表者には、当該選挙区選出の国会議員などが就いていることが多いのです。つまり、実態として「公職の候補者」である議員や候補者が、自らの「財布」とは別の「財布」として、政党支部を運営していることが多いのです。
そして、「政党支部」に適用されるルールは、「政党」に適用されるルールと同じものになっ
ています。そのため、「政党支部」も「政党」同様「企業・団体など」から献金を受けることができてしまいます。  このようにして、事実上同一人物が受け取っているにもかかわらず、”別の財布”であるという理由から、ルールの拘束力が及ばないという事態が起こっているのです。

ところで、そもそもなぜ「企業・団体献金」は親の敵のように、規制されるのでしょうか。
その理由については「ISSUE 企業献金はなぜ批判されるのか?」を御覧ください。

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企業・団体献金はなぜ批判されるのか?
企業・団体献金はなぜ批判されるのか?

「企業・団体献金」というと、みなさんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。
これが原因で”逮捕された”というようなニュースはよく流れますから、一般的にはあまり良いイメージが無いかもしれません。このサイトでもみてきたように、「企業・団体献金」は「政党」と「政治資金団体」にのみ寄附が許されているなど、大変厳しいルールが定められています。なぜでしょうか。
政治資金に対する規正の目的は「Chips 政治資金はなぜ規正が定められているの?」でもお話したように、金銭による圧力から政治活動の中立性・清廉性を守ることにあります。一方、「企業や団体」は資金量が個人と比べて莫大であるため、金銭によって政治家働きかけることが個人に比べてへ容易です。よって、特に企業や団体に対しては強く規制をかけなければ、政治資金にルールを作る目的が達成できないと考えられたために、このような制度となっているのです。
しかし、「企業・団体献金」を悪と捉えてルールで縛ることには批判の声も挙げられています。
その理由として例えば、「企業や団体も有権者である国民によって組織され、国税の負担者である以上、政治への意見表明をする機会が確保されるべきだ」という意見が挙げられています。確かにどのような企業・団体であってもその意思決定を行っている構成員は有権者であって、複数の有権者が一体になって活動しているという理由だけで、個人と区別される謂れはないようにも思われます。 このように、一見すると「悪」と見做される「企業・団体献金」も、その内側には様々な意見が存在しているのです。

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